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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6321号 判決

原告 早川政子

被告 荻野政晴

主文

被告は原告に対し金七九八万三、〇六〇円および内金六〇五万円に対する昭和三七年八月二〇日から内金一九三万三、〇六〇円に対する昭和三九年四月九日から、右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決第一項は原告が担保として金五〇万円を提供するときは仮に執行することができる。

事実

一、当事者双方の申立と事実上の主張は後記のとおりである。立証〈省略〉

理由

一、原告がその所有の東京都大田区入新井一丁目五番の六(宅地五三坪九合。以下本件土地と称する。)地上に存する、その所有の木造瓦葺二階建店舖兼居宅一棟(建坪三〇坪二階一〇坪。以下本件建物と称する。)につき、昭和三〇年七月二八日原告を貸主、被告を借主とする賃貸借契約を締結し、期間を同年八月一日から五年間、権利金及び賃料は全額前払すべきこと、と定めたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一、第五号証、証人飯田寅三の証言と原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は、右賃貸借によつて被告から支払を受くべき権利金及び賃料をもつて、本件土地建物につき設定された抵当権の被担保債権であることにつき争いのない、いずれも原告の、訴外長沢正に対する借入金五三万円、訴外日本相互銀行に対する合計金一一〇万円、訴外境野武臣に対する借入金一五万円と、訴外商工組合中央金庫に対する訴外日本美容師協同組合の借入金四三五万六、〇〇〇円の内原告の負担部分金一五万円、合計金一九三万円の債務を整理して抵当権を消滅させ、本件土地建物の所有権を確保する目的で前記のとおりの賃貸借契約を締結するに至つたもので、従つて賃料は一ケ月金一万五、〇〇〇円、権利金は金一五〇万円とし、(但し、権利金については金一〇〇万円、賃料については一ケ月金一万円の各限度においては争いがない。)被告は五年間の賃料及び権利金の合計金二四〇万円を原告に支払う代りにその責任において原告のため原告の前記各債務を弁済し、もつて本件土地建物につき設定された抵当権を消滅させることを約したことが認められる。右認定に反する証人横山正志の証言、被告本人尋問の結果は措信しない。もつとも成立に争いのない甲第四号証には権利金一〇〇万円、賃料一ケ月金一万円とする旨の記載がある。しかし前掲各証拠と被告本人尋問の結果によつても認められるとおり当時原告には本件土地建物以外には見るべき資産を有していなかつたのであるから、本件建物を被告に賃貸する原告の、債権者の追求から本件建物及び土地を守りこれを原告の手に確保するという前認定の目的は賃料、権利金の合計額が前記債務金一九四万円と少くとも同額以上でなければ達成されないと認められることから考え、右甲第四号証の記載は真実に合致したものとは認められない。

二、被告は、右賃貸借契約は通謀虚偽の契約である旨抗弁する。しかし、この点に関する被告本人尋問の結果は、原本の存在及び成立に争いのない甲第九号証により認められる前記各抵当債権者等の抵当権は本件建物賃貸借以前に設定登記を経たものであること、従つて本件土地建物に対する債権者の追求を排除してこれを原告の手に確保するためには、少くともまず前認定のように権利金、賃料等の前払などの名目により資金を取得して抵当債権を消滅させなければならないと考えられることから見て、たやすく信用し難く、他に被告の右抗弁事実を認めるに足るべき証拠は存しない。

三、右のとおり被告は抵当債権を消滅させ、賃貸借終了の際本件土地建物を原告に返還すべき債務を負うていたものと認められるところ、被告は前記抵当債務のうち長沢正に対する債務金五三万円を除いては弁済せず、前記抵当債権者である日本相互銀行の申立にもとづく競売手続において、昭和三一年六月被告が本件土地を、同三二年一二月同銀行が本件建物を夫々競落したこと、その後被告は同銀行から本件建物の譲渡を受けたが、昭和三五年一〇月三一日本件土地を、同年一一月九日本件建物を夫々第三者に売却したこと、は当事者間に争いがない。

右事実によれば被告の前記返還債務は被告が本件土地建物を第三者に売却したとき確定的に履行不能となつたと認められる。(右返還債務は本件土地建物が第三者の所有に帰した時特段の事情がなければ履行不能となると解すべきであるから、本件土地については被告がこれを競落した段階では未だ履行不能というべきではない。又本件建物は第三者である日本相互銀行が競落したのであるが、その目的は競落物件を有利に転売し以て債権の回収を計るにあると推認し得べく、本件建物の敷地である本件土地所有権を取得した被告としては同銀行から本件建物を転得し得る見込を有し、現に前記のとおり後にこれを転得したのであるから結局同銀行の競落の段階では未だ本件建物の返還債務も履行不能になつたと認むべきではない。)

被告は右履行不能により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。しかして右債務が履行不能になつた時における本件土地、建物の価格を以て右損害額を算定すべきものであるところ、鑑定人平沼董治の鑑定の結果により昭和三五年一〇月三一日当時の本件土地の価格は金六四六万八、〇〇〇円、同年一一月九日当時の本件建物の価格は金一五一万五、〇六〇円であつたことが認められる。よつて原告の蒙つた損害は合計金七九八万三、〇六〇円である、と認められる。

四、被告は相殺を主張するので判断するに、原告が本訴において請求しているのは債務不履行による損害賠償であるけれども、その債務不履行を構成する事実は前記の如く、原告に返還し得べきであつた本件土地建物を故意に第三者に売却したと云う被告の行為であり、これは又同時に不法行為としても評価し得べく、かかる場合不法行為による損害賠償請求権につき現実の満足を得させることを目的とする相殺禁止の趣旨は債務不履行による損害賠償請求権についても妥当すると解するのを相当とし、そうとすれば不法行為の場合に準じて本件損害賠償請求権を受働債権とする相殺は許されないと解せられることゝなる。よつて相殺の抗弁は失当である。

五、以上の次第であるから被告は原告に対し金七九八万三、〇六〇円および内金六〇五万円に対する本件訴状送達の翌日である昭和三七年八月二〇日から、内金一九三万三、〇六〇円に対する昭和三九年四月九日(昭和三九年四月九日付訴状訂正申立書を被告訴訟代理人に交付した日)から、各完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。よつて本訴請求はすべて正当として認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉岡進 荒木大任 龍岡稔)

記〈省略〉

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